男たちの生きざまを、目もくらむような筆力で鮮やかに描いた傑作のオンパレー
ド。何冊読んでも、何度読み返しても飽きることがなく、ひとときの間虜になり
ました。司馬の作品は、取り上げる時代がおおよそ戦国・幕末に限られるという
ことで、基本的に「覇権主義・権謀術数に翻弄された、勝者と敗者の愛憎と確
執」が物語の軸になっています。当時の私の生き方・考え方もそれに近いものが
あり、要するに若気の至りで怖い者知らずであったと思います。
時は過ぎ、娘を授って、「目に入れても痛くない」の意味を知った私は、女性
作家の筆運びに惹かれるようになりました。例えば、小川洋子さんの「博士の愛
した数式」など。登場人物やシチュエーションはやや変化球的ですが、物語は日
常の範囲を逸脱する気配すらみせません。司馬氏の乱世・権謀術数劇とは対極的
です。
表題の漫画は、「夕凪の街、桜の国」で著名な女性作家の最近の作品で、戦前
から第二次世界大戦の一般市民の生活を取り上げています。巡り合わせを運命と
受け入れ、悲運とさえ折り合いをつけながら、主人公の淡々とした暮らしが描か
れています。「夕凪の街、桜の国」と並ぶ傑作で、過酷な運命を背景に、登場人
物たちが日常を前向きに生きていく姿が印象的でした。
小川さんの作品もそうですが、女性作家は、日常から何かを見出そうとする特
徴があるように思えます。何気ない日常として過ぎ去ってしまう出来事を、独特
な視点で切り取り、繊細な感覚で観察し、その背景を豊かな感性で埋めていく。
普段は気がつかないことを色々教えてくれるような気がします。多くの人が当た
り前のこととして見過ごしてしまう出来事を、「本当に、それは当たり前のこと
なの?」と読者に問いかけているような気がします。想像に過ぎませんが、日常
の一瞬を大切にしているからこそ、身近な題材でも素敵な物語を紡いでいくこと
ができるのでしょう。
「この世界の片隅に」は、女性作家ならではの、「戦争」を描いた良作として
仕上がっています。戦前との対比で戦争を語ることが特徴です。戦前とは、すな
わち、かつてあった「日常」ですので、やはり「日常」が軸となっています。司
馬氏に代表される男性作家の場合、「戦争」は「敵(または好敵手)」との対比
で描かれることが多いのと対照的です。微視的と巨視的という表現もできるかも
しれません。戦争を語る切り口としては、どちらも欠かせないと思います。この
作品によって、男性的な切り口に偏っていた自分に気がつかされた次第です。
それにしても、「不幸を嘆かずに淡々と日々を生きる」という設定に弱いので
す、私。日常を粛々と生き抜くことが悲運に打ち勝つ唯一の術である、という
メッセージにはものすごく応えます。そして、普通の暮らしとは、運命を諦観し
て流されることでは決して無いということ。むしろ宿命に対するしたたかな抵抗
に近い。うーん、私の人生観、変わって来たなぁ。大好きなAの歌にも、「今日
から明日へと、時をつないでいこう」という歌詞がある。ここに最近さらに弱く
なった。
最近、女性作家から、大切なことを教わっているという話しでした。男性向け
作品ばかりのお父さんたち、「この世界の片隅に」はおすすめです。女性作家の
作品で人生観を変えていきましょう。
0 件のコメント:
コメントを投稿