2009年7月25日土曜日

書評:内田 麻理香著 恋する天才科学者

 市立図書館の科学書コーナーで見つけました。控え目な背表紙が並ぶ中、ひときわ目立つポップ・アートな装丁に目が止まりました。タイトルは「恋する天才科学者」。ぱらぱらとめくると、歴史的な科学者たちの一般向け伝記のようでした。こうした伝記物は大好物ですし、このところ読書は専ら息抜きのためにしているようなものなので、さっそく借りて読んでみました。タイトルからも連想できるとおり、科学者たちの恋愛を中心としたウラ話満載の、興味深い良書でした。著者の女性的な筆はこびが印象にのこりました。この内田女史、時に「科学史ガール」、時に「単なるミーハー」に為り変わり、痛快に科学者たちの知らざれる過去を暴いて行きます。E.シュレーディンガーの章は衝撃的でちょっとひいたりしました。W.ハイゼンベルクの方が余程まともではありませんか。個人的な印象(思い込み)とは全く違うのがおもしろかったです。N.ボーアは期待通りの人物像でほっとしました。大学院生の頃だったと思いますが、ボーアの著書のあまりの難解さに己の頭の悪さを恨み愕然とした記憶がありますが、彼は説明が上手い人物ではなかったという事実(?)をこの本で知り、納得したような、安堵したような気持ちになりました。W.パウリが相対性理論の解説を残していたとは知りませんでした。排他原理の一発屋(失礼。これだけでもすごいことです)だと思っていたのですが印象が改まりました。日本人では南方熊楠が取り上げられていました。天皇陛下に献上した標本入りのキャラメル箱、彼の人物象の描写には欠かせない逸話です。R.ファインマン贔屓は研究業界には多いわけですが、著者の入れ込みようはまさに「恋する乙女」。「ファインマンさん」伝記シリーズから入ったのではなく、彼の教科書で惚れ込んだということですから、筋金入りのファインマン・ファンクラブ会員(!)ということでしょう。ニュートンやファラデー、アーベルといった近代科学者・数学者たちの章もあります。ガロアの章、結びの「1km離れて見ていたい」は思わずあははと笑いました。悲劇的なガロアの生涯は、どんな本でも鎮魂歌的になりがちですので、余計に可笑しかったです。参考文献も非常に良くできています。著者の徹底的な調べあげなくしては、ここまで楽しい本にはできなかったと思います。
 この書評は、読了後1週間で思い出しながら描いていますが、まだまだ書けそうです。好印象だったのは、科学者たちの権威失墜を狙ったものではなく、彼らへの愛に満ちあふれていることです。書き方でよく分かります。敢えて難点を上げるとすると、宇宙人V.ノイマンは外せなかったかなと思います。よって、続編を希望します。


2009年7月24日金曜日

近況

1) 先週の3連休は申請作業のため2日間仕事した。明日も仕事。
2) 梅雨が明けても良いころなのに、天気がすぐれません。明日も雨らしい。
3) 職場でとうとう諍いが。挑発にはのらないように気をつけて欲しいものだが、残念。忙しい時は、コーラは控えた方が良い。眠い時でもカフェオレがちょうど良い。
4) 先週の土曜日に、娘とプールに行きました。浮き輪をひっぱってあげると喜ぶ。そのうち自分で引っ張るといいだした。自分が浮き輪の中にいちゃ、ひっぱっても進まないでしょ。



2009年7月17日金曜日

近況報告

1)娘は久し振りに一時保育。今日は終日雨のようだけど、お部屋の中で過ごせるかな。昼寝はちゃんとしてくれないとね。送る途中で朝の渋滞にまきこまれたそう。お疲れ様。
2)娘のおむつはずしスタート。来春の社会参加(幼稚園入学)に備えるのです。おむつとパンツ、両者の長所短所を理解しているのか、パンツを勧めてもしばらく迷ったような素振りを見せます。
3)「すっく」で「まいにちの靴 キャンパス」をリピート購入。16cmは大きかったかな。でも小さいサイズを買うとすぐに買い替えになるし。。娘はとても気に入ったよう。靴を勝手に下駄箱にしまい、一時行方不明になった。家内と探していると、「ここよ、ここ」と自分で下駄箱から出してきた。
4) 職場の緊張感。私にも原因が?良い結果に向かうことを祈る。
5) 先日の書評「されど我らが日々」を振り返った。私は著者の文章力に嫉妬しているのだろう。ここに白状しておく。

このブログでは「近況報告」=「最近のこと」。適当です。


2009年7月15日水曜日

最近のこと

1)また窓を開け放しにして外出してしまったらしい。幸い何も盗られなかったようだが、家内はもちろん*かんかん*なわけで。そりゃ怒られるのも当然なわけで。ひたすら反省。我ながら間抜けですなぁ。静かだと考え事をしてしまうらしい。玄関のドアに覚え書きを書こう。そして盗人退治のため巧妙なワナをしかけよう。

2) ある人の欠点ばかり見ていると、その人との関係が悪化していくので、良いところも見よう。それでも許せないなら、距離を置いてみよう。そんな話を家内にしてみた。

3)Debussyが予想以上に良いです。Straussはまあまあです。美しき青きドナウはTVCMや街頭の音楽などで食傷気味だけど聞き込んでみると心地よい


2009年7月12日日曜日

Aについて

チケット取れなかった記念としてAについて少し書きます。

 Aのアルバムを初めて買ったのは中2の秋(1990年)でした。ご多聞に漏れず中2病にしっかりと罹患していた私は、自由とは何か、自分とは何者か、自分はどう生きるべきなのか、あれこれ考えては悶絶していた。いくら考えても答えが出ない。良くある話だが、特に自由への渇望は他の人よりも強かったに違いない。
 
 私は、小さな工場を経営する父の跡継ぎとして生まれた。しかし、この工場を継ぐ気が全く起こらなかったのである。そんな私に、親や親戚はどうにかして私に継がせようと、集まるたびに説得しにかかるのだ。「職業って自由に選択して良いんじゃないの?」。たしかに原則はそうだろう。しかし、父母が一生懸命、必死の思いでに工場を経営している姿を皆知っていて、私は私で自分がどれほど必要とされていることが分っているから、余計に辛かった。多くの同級生がBやXを選ぶなかAを聞いていた理由は、反逆でなく自由を求めていたからに違いない。Aは自由の獲得とそれを実現するための自己変革、そして自由に伴う責任を、歌にして私に届けてくれた。すがるような気持ちで彼らの曲を聞いたものである。初めてのライブは高校1年。石油会社の横浜の空き地で行われた夏の野外コンサートだった※1。同じ夏に日本を代表するバンドSのコンサートにも行っているが、Aのパフォーマンスが圧倒的で印象強く、このバンドでしか味わえない強烈な魅力の虜になった。めでたく(?)A中毒となった私だが、相変わらず自分が何者であるかの答えは出せず、とりあえず部活動に精を出した。高2の頃から友人を誘ってAのライブに連れて行ったりした※2。その年は、夏のイベントが部活動の夏合宿に最終日にあたっていた。3日間にわたる厳しい合宿※3 の解散の後、くたくたの身を引きずるようにして横須賀まで電車を乗り継ぎ、開演と同時に会場にすべり込んだのは壮快な思い出。それまで「欲がない」と言われていた自分が初めて何事かを達成した瞬間だったと思う。この頃から、何事も前向きに考えられるようになった。自分探しにも一応の蹴りがついた。自分の人生は、自分で切り開くしかない、という覚悟を決めたのである。TTが伝えるメッセージと、この時の達成感が意図せず歯車のように上手くかみ合った。それがなければ今の自分は無かったと思う。

 大学生になると、メンバーのSKのラジオの影響から洋楽を聞き始めた。大学院に入ると、洋楽一辺倒になり、ほとんどAを聞かなくなった。あれほど熱望していた自由が与えられたからだろう。博士研究員になると、「え、アルバムでてたの」という完全な卒業状態に。今再びA熱が上がっているのは、家庭での役割が増え、自由が無くなったからだろうと自己分析しているが、どうだろう。私にとってAは、自由の象徴なのかもしれない。「この人生は誰のものでもない」。でも、私の場合は半分以上は愛娘に捧げることになるだろう。私の両親もそうしていたのだろうから、それで良いと思っている。

 Aについては、また気が向いたら書きます。

※1 帰途、あまりの混雑で最終電車に乗り遅れ、やっとの思いで大宮駅についた。駅で一夜過ごそうと思って電話すると父母が1時間もかけて迎えに来てくれた。こういう親だったからこそ、継がないという決意に罪悪感は強く、悩みは深かった。

※2 皆それなりに楽しんでくれたようだが、その後A中毒になる人は一人としていなかった。。

※3 弓道部だった。尋常でない程に弓を引かされた。25立ち/日くらいだったと思う。




2009年7月11日土曜日

書評:柴田翔 されど我らが日々

往年のベストセラー。私が尊敬する某アーティストが多感なころ(高校時代?)に「二十歳の原点」とともに読んでいた作品として挙げていた。たまたま古本屋で見つけたので買って読んだ。作者の鮮烈な表現力の虜になり、時に思わず感極まった。しかし落ち着いてストーリーを反芻してみると、疑問な点が多いことに気が付く。

 自死を選んだ女学生の手紙(症状、心境などを描写している)は、どのようにして主人公に郵送されたのだろう。睡眠薬をoverdoseして意識が朦朧としているはずの人間が、ポストに投函できるとは考えにくい。遺書として葬式で受け取るとか、もっと自然なプロットがあったろうに※1。あと、女性の心理描写について。実際の女性はそんなものでなはいと思うけどなぁ、と思う場面が多々あった。いくら幸せな家庭像といっても、きゅうりをせっせと洗う自分に思いをはせるかねぇ。料理が得意な女性でも「きゅうり洗うのなんて手が荒れるしメンドクセェ」と思っているはずで。作者の筆力に引き込まれぐいぐいと読み進んでしまうのですが、突如こういった冷水を浴びせくるわけです。「所詮はフィクションだ」と気が付き我にかえる。その度にとても残念な気持ちにさせられる。そして、結末。この作品が書かれた当時、女性の自立には大変な覚悟が必要な時代であった。その時代は衝撃的であったであろう結末も、現代ならむしろ自然な展開となり、小ぢんまりと終わってしまった。そもそも従兄妹どうしが親戚に勧められて婚約するのにも無理がある。インテリ家系なのに遺伝学の初歩もしらんのだろうか。

 ただ、この作品、作者若干25才という若さで書き上げたことには驚嘆する。重厚で流麗な語彙、尋常でない心象表現力。詩的感性の強い作品が好きなら、おすすめ。ベストセラーになったのは時代背景の効果が大きいと感じるので、当時の若者の考え方や暮らしについて興味のある人にも※2。

 思わず辛口になってしまったのは、某アーティストの影響や名作としての期待が大きかったからだろうか。個人的には併載の短編、「ロクタル管の話」の方が数段面白かった。

※1 文芸春秋の文庫版に解説があるそうだが、作中でなんとかすればいいのに、と思うのは厳しいかな。
※2 この作品のように、学生が左翼的運動や目的不明の合宿に明け暮れているようでは、親御さんによっては大学なんて行かせたくなくなるだろうな。。こういったベストセラーで大学や大学生のイメージを貶めるのは、もう勘弁してほしいと思う。少なくとも、多くの理系の大学生は、真面目で毎日一生懸命です。




2009年7月10日金曜日

報告&雑感

1) この週末、家内と娘は親戚の家に遊びに行きます。仕事を進めたい。明日は大学で仕事したいなぁ。←大雨で速攻くじけるに1票。
2) 自転車のカゴを取り替えなきゃ。穴から水筒が何度か落下してヒョエー
3) 高速シーケンサーの値段っていくらくらいなのか。維持費は良く聞くけれど。
4) CNETでGRAPEに対する批判記事を見てショックを受けた。院生の頃MDGRAPE使ってたなぁ。その計算速度には感動したものです。
5) GPGPU対応のドッキングシミュレーションソフトって公開されていないのかな

Twitterとのすみ分けが分らん。。